京都旅行寺めぐり |
京都 | |
| 旅行 | ||
| 寂光院 | ||
| 寂光院 (地図) 京都市左京区大原草生町12 |
寂光院 |
京都めぐり、寂光院を旅行。寂光院(じゃっこういん)。草生(くさお)の里の山間、狭い谷筋に隠れたように建つ尼寺。狭い境内、小さな堂、そして静寂が支配する。寺伝によれば、推古(すいこ)2年(594)、聖徳太子が、父・用明(ようめい)天皇の菩提を弔うべく創建したという。しかし、創建も、さらに沿革についても、じつはほとんどわかってない。 |
京都めぐり、
約600年を経て、建礼門院(けんれいもんいん)がここに隠栖し、その生涯を閉じ、その頃から、尼寺として法燈(ほうとう)が受け継がれるようになったといわれる。しかし、寂光院と建礼門院をめぐる話は『平家物語』に詳しい。 |
建礼門院陵 (けんれいもんいんりょう) |
| 建礼門院は、平清盛の次女にして、高倉天皇皇后、安徳天皇の母親である。壇ノ浦の戦いにおいて、安徳天皇とともに入水するが、彼女だけが助けられ、京に連れ帰られるものの、ついには落飾して寂光院の一角に草庵をむすび、ひたすら安徳天皇、平氏一族の菩提を弔う生活に入る、。齢31であった。 そんな女院を、突然、舅(しゅうと)にあたる後白河(ごしらかわ)法皇が訪ねる。彼女は驚き、また、喜び、壇ノ浦における顛末、先立たれた愛児への思いなどを、切々と語る。『平家物語』のもっとも、心打たれる場面であり、謡曲「大原御幸」でも知られている。 楓の木に覆われた境内には、『平家物語』にちなんで名付けられた「みぎわの池」や「みぎわの桜」もあり、訪れる者を古典の世界に誘う。 |
本堂 |
京都めぐり、本堂を旅行。室町時代に建てられた建物を、慶長4年(1599)、豊臣秀吉の母、淀君の希望により改修。本尊は2メートルを超える地蔵菩薩立像(重文)建礼門院像、建礼門院の侍女の阿波内侍(あわのないし)像も安置する。 |
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