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もみじライン 上賀茂神社
上賀茂神社(賀茂別雷神社)(地図) 京都市北区上賀茂本山町
上賀茂神社
上賀茂神社
賀茂別雷神社
(かもわけいかずちじんじゃ)

 京都めぐり、上賀茂を旅行。

賀茂川の御薗(みその)橋を東側に渡ると上賀茂神社の一の鳥居が見えてくる。二の鳥居までは白い玉砂利の両側に青い芝生が広がり、真っ直ぐに道が続く。二の鳥居を過ぎるとこれまでの開放的な様相が一転し、樹木の中を社殿が複雑に並び、社殿をとりまくように、御物忌(ものいみ)川と御手洗(みたらし)川が流れ、古雅な京都の雰囲気に包まれる
現在の地に社殿が造営されたのは天武6年(677)で、平安京遷都の100年以上も前のことである。遷都ののちは、下鴨神社とともに王城守護の神とあがめられた。
弘仁元年(810)以降は、伊勢神宮にならって斎院(さいいん)の制がしかれ、歴代皇女が斎王となる。
平安時代初頭、桓武天皇の時代から天皇の行幸(ぎょうこう)は多く、承保3年(1076)からは毎年4月の中申日をもって賀茂行幸の式日(御阿例(みあれ)日)と定められた。幕末には賀茂行幸が天皇家の権力を誇示するために利用され、文久3年(1863)、親皇勢力は将軍徳川家茂に攘夷祈願の行幸に同行することを求めている。弱体化した幕府はこの要請を拒みきれず、家茂は天皇に従う形でこの境内にあらわれ、京都の人の目にさらされることとなった。さらに明治元年、明治天皇は王政復古の行幸を行い、江戸幕府の終焉を天下に知らしめた。上賀茂神社は雷神をまつることから、厄除けの神、五穀豊穣の神としても信仰され、祭礼にもその性格があらわれている。5月5日の競馬(くらべうま)神事は馬の競走でその年の米作を占うもので、平安時代からの伝統行事である。

 京都めぐり、寺を旅行。

上賀茂神社は下鴨神社とならんでもっとも古い神社の一つである。伝説では神武天皇の時代に賀茂山に祭神が降臨したといわれ、上賀茂神社、社殿の前にある円錐形の立砂はその山の形をあらわしたものである。また、下鴨神社の祭神・玉依姫(たまよりひめ)が賀茂川で丹塗りの矢を拾い、それを枕元において眠ったところ、祭神・別雷命(わけいかずちのみこと)をみごもった、ともいう。
砂山
葵祭
葵祭

 京都めぐり、葵祭を旅行。

上賀茂神社の行事は、他に9月9日の烏相撲なども有名だが最大の行事は京都三大祭の一つに数えられる5月15日の葵祭である。葵祭は上賀茂神社・下鴨神社の例祭で、賀茂祭ともいう。葵祭の名称は、参列する人々の衣冠や牛車を葵の葉で飾ることにちなむ。
平安時代より盛んになり、中世より幾度となく中断しこともあったが、現在まで京都を代表する祭として命脈を保つ。

 京都めぐり、
本殿・権殿を旅行。

国宝の本殿(ほんでん)権殿(ごんでん)は幕末に造営された。それ以外はほとんどが寛永5年(1628)に造営されたもので、主要建築物は一括して重要文化財に指定されている。世界文化遺産登録。
本殿
本殿
権殿
権殿

 京都めぐり、
本殿・権殿を旅行。

文久3年(1863)造営。下鴨神社本殿と同じく典型的な流造(ながれつくり)。平安時代以来の姿をよく伝えている。上賀茂神社の権殿は、本殿が非常な場合に滞りなく神事を行えるよう、内部まで本殿とまったく同じ形になっている。

 京都めぐり、西村家別邸を旅行。

上賀茂神社の東に並ぶ社家(神官の屋敷)の一つ。この周辺は伝統的建造物郡保存地区に指定され、ここだけが公開されている。

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