京都旅行寺めぐり |
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| 桂離宮 | ||
| 桂離宮 (地図) 京都府京都市西京区桂御園 |
桂離宮 |
京都めぐり、桂離宮を旅行。桂離宮(かつらのりきゅう)は、桂大橋のたもとに位置する。1万3千坪の敷地は竹垣に囲まれ、世間とはまったく隔絶された別世界となっている。中央に桂川から水を引いた池を設け、その周辺に茶室郡を配する。庭の美と建築の美との調和がすばらしく、京都はもちろん、日本文化の精髄として世界的にも評価が高い。 |
| 桂離宮のもとになったのは江戸時代初期に八条宮智仁(はちじょうのみやともひと)親王が築いた茶屋である。記録には「瓜畑のかろき茶屋」と記されており、はじめは休憩所のような簡単な施設だったと推測される。桂は瓜の名産地であり、昔は瓜見という行事があったらしい。智仁親王は後陽成(ごようぜい)天皇の弟で、豊臣秀吉の養子となった人物でもある。秀吉は自分の出自が卑しいことに引け目を感じ天皇家と積極的に関わを持とうとしていたが、実子が生まれたので智仁天皇のために八条宮を創立した。智仁親王は人望厚く、また学芸にすぐれていたため、時代の文化人たちと広く交わったいう。その趣味の高さが桂離宮の造営にも大いに役立った。簡単な茶屋だった桂離宮は次第に山荘に整備され、智仁親王の子息、智忠(としただ)親王の代に受け継がれ、17世紀半ばには、ほぼ現在の形が出来上がった。寛文3年(1663)に後水尾天皇がここを訪れているので、それまでに完成していたとみなされる。 桂離宮の建築の特色は書院造の持つ機能性、簡潔さに、王朝風の洗練された美意識を加えたところにある。東山文化以来の幽玄が集約されたものといえよう。 参観には事前の申し込みが必要。建物内部は公開されないが、庭園の鑑賞だけでも見ごたえは十分である。 |
京都めぐり、庭園を旅行。桂離宮の庭園は、複雑な形の大池に、5つの中島を浮かべ、その周辺に7つの茶屋を配する回遊式庭園。茶庭を結ぶ苑路に沿って築山(つきやま)、洲浜(すはま)などがあり、移動するに従って変化のある景観が見られる。要所要所に石灯籠、手水鉢(ちょうずばち)を置き、全部で16の橋を架ける。苑路の一部を直線にしたり、反りのない石橋や、方形の舟溜まりを設けるなど、直線的な意匠をたくみに取り入れているのが前時代の日本庭園とは違った新しさである。 |
庭園![]() |
松琴亭 |
京都めぐり、松琴亭を旅行。松琴亭(しょうきんてい)は、池の東岸に建つ茶屋。内部は11畳の一の間、6畳の次の間、3畳の床と襖に青と白の大柄の市松模様の紙を張るなど、大胆で独創的な意匠が目を引く。茶室は8つの紙障子の窓があることから八窓席(はっそうせき)と呼ばれる。 |
京都めぐり、賞花亭を旅行。賞花亭(しょかてい)は池の南岸、離宮中の最高所に建つ。この建物の北側からは書院の全景が見渡せる。亭前に球状のつくばいを置く。近くにある灯籠は、木立の奥に明かりがほのめくように工夫されており、源氏物語にちなんで水蛍(みずほたる)灯籠という。 |
賞花亭 |
笑意軒 |
京都めぐり、笑意軒を旅行。笑意軒(しょいけん)は、池の南西に建つ。7つの茶屋の中でもっとも大きい。6つの円窓は四季の窓と呼ばれる。前面の池は舟溜まりになっており、それを挟んだ向こう岸に三角灯籠、雪見灯篭を置く。 |
京都めぐり、書院を旅行。桂離宮の書院郡は、古書院、中書院、新御殿が雁行形に並び、全体で一棟をなす。書院造に茶室の要素を加えた数奇屋造。古書院は納涼と月見、中書院は楽器演奏などの遊興が行われた。新御殿は日常生活に適した建物となっている。新御殿の一の間に設けられた桂棚は、紫壇(しだん)、伽羅(きゃら)などの外来の銘木をぜいたくに用いたもの。 |
書院 |
月波楼 |
京都めぐり、月波楼を旅行。月波楼(げっぱろう)は、古書院の月見台と並んで建つ。簡素で軽快な構造は、庭の鑑賞のために工夫されたもの。楼と名付けられているが、平屋建てである。 |
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