京都旅行寺めぐり |
京都 | |
| 旅行 | ||
| 来迎院 | ||
| 来迎院 (地図) 京都市左京区大原来迎院町537 |
来迎院・本堂 |
京都めぐり、来迎院を旅行。来迎院(らいごういん)は、三千院の東、呂川(りょがわ)沿いの小野山麓下にひっそりと建つ。天台宗の延暦寺の別院で、9世紀半ばに円仁(えんにん)が建てた天台声明(しょうみょう)の道場がその起こりという。 |
| 声明とは経文に節をつけて歌う仏教歌謡で、日本では円仁によってさかんになった。これが日本の音楽に与えた影響は大きく、平家琵琶や謡曲にその節回しが残っている。 その後この道場は一時衰退したが平安時代末期、良忍(りょうにん)がここに来住し再興した。良忍は声明に優れ、各流派の声明を総合して大原魚山(ぎょざん)流を立てる。そのため来迎院は勝林院とならんで声明音律の中心地となった。 良忍の時代、大原には既存仏教にあきたらない僧が集まっており、良忍もその1人である。 20代前半で比叡山を下り、その後は終生大原を拠点とした。声明とともに、人々の念仏がお互いに融通しあって往生を導くいう融通念仏を開いたことでも有名である。 来迎院は15世紀半ばに火災で創建当時の建物は焼失したが、まもなく再建され、さらに16世紀に改修を重ね源氏の建物になった。 |
京都めぐり、本堂を旅行。室町時代の再建。内部には薬師如来座像、阿弥陀如来座像、釈迦如来座像(すべて重文)を安置する。いずれも平安時代の作品で、寄木造のやわらかい曲線と円満な表情に時代の特徴が見られる。 |
本堂内部 |
三重塔 |
京都めぐり、三重塔を旅行。長承元年(1132)来迎院で没した聖応大師・良忍の墓(重文)。花崗岩で作られた高さ2.8メートルの塔で、反りの少ない屋根などに鎌倉時代初期の様式が伝えられる。 |
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