京都旅行寺めぐり |
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| 三十三間堂 | ||
| 三十三間堂 (地図) 京都市東山区三十三間堂廻り657 |
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京都、東山区。三十三間堂は、正式には「蓮華王院」という。平清盛が源氏の勢力を押さえこんだ平治の乱から五年後、長寛二年(1164)、後白河上皇の命により平清盛が造営。 当時、京都のこの一帯は後白河上皇の離宮、法住寺殿が占め、その敷地内に作られた。約十年後には千一体の仏像と二十八部衆像が安置されたが、建長元年(1249)市中の大火によりそのほとんどが建物もろとも焼失。 からくも、救出された仏像に新しい仏像を加え、文永三年(1266)に再建。現在の遺構はこの再建時のものである。 |
| もともとは京都貴族の信仰の場であった三十三間堂であるが、武士や庶民にも親しまれ、京都の近世には「通し矢」が流行した。これは堂の長い外縁の軒下に一昼夜で何本の矢を通すことができるかを争う競技で、貞享三年(1686)には八千百三十二本を通したという記録がある。今も毎年一月十五日に通し矢を行い京都の伝統を伝えている。 | ![]() |
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京都めぐり、本堂を旅行単層、入母屋造り(いりもやづくり)三十三間堂(国宝)といわれるが、周囲に庇(ひさし)をめぐらしているので正確には三十五間(正面)。堂内には千一体の仏像と二十八部衆像(国宝)を安置する。 |
京都めぐり、千手観音坐像を旅行中央須弥壇(ちゅうおうしゅみだん)に安置された高さ約三メートルの巨像。(国宝)鎌倉時代の大仏師・湛慶(たんけい)による晩年の傑作。その両側に並ぶ千体千手観音像のうち百二十四体は創建当初からのものである。京都人の敬虔な技、ひとつとして同じ仏像はなく、見る者を圧倒する。 |
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いずれも寄木造(よせぎづくり)で、彩色されている。等身大で、写実的な表情が特徴。(国宝) |
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