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真如堂  (真正極楽寺)(地図) 京都市左京区浄土寺真如町
真如堂真如堂

 京都めぐり、真如堂を旅行。

真如堂(しんにょどう)は、正式には真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)と言い、寺伝によれば、永観2年(984)比叡山の僧・戒算(かいざん)が東三条院・藤原詮子(ふじわらせんし=一条天皇の母)の御願により、比叡山常行堂(じょうぎょうどう)にあった阿弥陀如来像を女院の離宮に移し、正暦3年(992)に一字を営んだのが、寺の起こりであるという。
これを一条天皇が勅願所として以降、隆盛に向かい、天台宗の巨刹として堂塔伽藍も壮麗を極めた。しかし、永和の大火(1379)、そして応仁の乱の兵火によって、諸堂宇をことごとく焼失し、寺地を転々とする苦難の歴史が始る。応仁の乱後、本尊・阿弥陀如来像はまず比叡山西塔に移され、その後、近江坂本(大津市)に寺地を得て再興されたものの、再び京都一条に移転。以後も移転を繰り返し、ようやく文明16年(1484)足利義政(あしかがよしまさ)の再建によって旧地にもどる。が、それもつかの間、永禄年間(1558〜70)には一条西洞院(さいとういん)に、天正年間(1573〜91)には京極今出川に移転する。その今出川の伽藍も2度の火災により焼失。江戸時代になって、東山天皇の勅願により元禄6年(1693)ようやく現在地に落ち着く。
 現在は、広く、よく整備された境内に、本堂、開山堂、鐘楼、三重の塔をはじめとする40余棟と、塔頭8院が立ち並んで、天台宗別格本山にふさわしい寺格を示す。旧地と伝えられる東側には「元真如堂」(念仏堂または換骨堂とも呼ばれる)がある。

 京都めぐり、本堂を旅行。

元禄年間(1688〜1704)再建の、入母屋造、本瓦葺の堂々たる建物(じゅうぶん)。真如堂ともいい、これが寺の通称の由来となっている。阿弥陀如来立像が内部には安置されている。
本堂本堂(真如堂)
三重塔三重塔

 京都めぐり、三重塔を旅行。

文化14年(1817)に再建された、本瓦葺の塔。各層ともに擬宝殊勾欄(ぎぼしこうらん)を設けた堂々とした姿は、古塔の面影をしのばせる。

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